「口腔(こうくう)」という言葉を聞いたことがあるだろうか。わたしは、「口腔外科」という言葉を聞いたことがある。まあ歯医者さんの一つだろうと認識している。「口腔」の意味は、「口の中」である。なんでこんな難しい言い方をするのかよくわからないのだが、「口中」ではいけないのだろうか。
という疑問はおいておいて、なぜそんな話をするかと言うと、わたしは最近、口の中が気になるのである。というのは、食事をしていて、歯で口の中の、例えばほっぺたの裏側をちょっと噛んだりすることが増えた気がしているからなのである。
これは、口腔機能が衰えてきているのかもしれないという危機感がある。わたしは食べることと飲むことが大好きなので、まあわたしだけでなくほとんどの人が同じなのではないかと思っているのだが、口腔機能の衰えはなんとしても防ぎたいのだ。いっぱい食べて、しっかり飲みたいではないか。
歯磨きは一応毎日している。だがひょっとしたらそれだけでは足りないのかもしれない。しかし、足りないって、いったいなにが足りないんだろう。運動か? 口の周りの筋肉を鍛えなければいけないのだろうか。早口言葉か? それとも朗読? ひょっとしておしゃべりが足りないのか? うーむ、どうなんだろうか。
とまあ、めったに悩むことがないわたしは、なんとしたことか、悩んでいるのだ。珍しいことである。
しかしこの場合は、悩む前に動け、というべきであろう。さっさと口周りの筋肉を鍛える運動をすればいいだけの話なのかもしれない。というわけで、ときどき早口言葉ではないが、北原白秋が書いたという「五十音」という詩を声に出して朗読してみたりしている。他にもいろいろとそういうのに役立ちそうな文があるようであるが、これが一番と言っていいくらい有名なようである。わたしはずっと以前この詩を大声で読む練習をした覚えがあるのだ。だから懐かしく思いながら読んでいる。
ところでこの、わたしの筋肉の衰えの原因は、きっとコロナに違いないと思っているのだ。喋ってはいけない、とくに大声はいけない、友だちと楽しく喋りながらの会食などもってのほかという状況がもう一年以上も続いているのである。これでは、口周りの筋肉が衰えるのは当然ではないか。これもコロナが原因である、きっと。
いったいどこまで影響は広まるのだろうか。ほんとうに、いろいろなことが変更を迫られてくるなあ。変化は往々にして楽しいと思うのだが、何しろ急なことが多すぎるような気がしてならない。
マスクには、わたしはまだどうも慣れることができないでいる。というか慣れることを体が拒否しているのかもしれない。体の反応には素直にしたがいたいと常日頃から願っているので、マスクをしないでもいい日が一日も早く戻ってくることを願っているのだ。