だいたいは日々のなんでもないお話

日々の記録というか、忘備録。本が好きです。

藤原章生『ふらっとアフリカ』

藤原章生『ふらっとアフリカ』(2025年7月、毎日新聞出版)を読んだ。

なんだかわからないけれど、惹かれるものがあったのか、2日で読み終わってしまった。おもしろかった。

そんな本の中で、わたしがおもしろいとおもったところを、一つだけ紹介する。

「泊まるなら円満家庭に限る。登山家に割と多いが、夫が家で軽蔑されていると、こちらまで肩身が狭くなる。だから、〈どうぞ、いつまでも〉と言われても、私は常に家人の顔色をうかがい、一瞬の不快な表情を見逃さず、すかさず立ち去るようにしている」

とのこと。

う~む、そうなのか。と考えさせられた。もっともわたしは、山登りの好きな知り合いはいるけれど、登山家と言われるような人の知り合いはいないので、まあこの事を知ったからと言って、わたしにとっては役に立つ機会はないだろうと思うのではあるが、なんだか、ふ~んと納得した。登山家のみなさんはどう思うのであろうか?

 

 

千住真理子さんのヴァイオリン・コンサート余話

わたしは、先日、千住真理子さんのヴァイオリン・コンサートに行った話を書いた。そのときの話で書き忘れていたことがあったので、続きということで。

ブログに「千住真理子さんは、身体もヴァイオリンの音を響かせる役割の一部なのだから、体重を保つようにしている」という話をしてくれたことを紹介した。

その身体の話のときに、体重を保つこと以外にも、筋力を保つためにも、トレーニングをしているということも話されていたのである。だから、二の腕はとても筋肉質というか、締まっていた。そして、ヴァイオリンを弾く腕の部分だけでなく、下半身もしっかりと鍛えているのに違いないと思ったのである。

というのは、舞台の袖から中央に登場するときと、演奏を終えて袖に退場するときの歩き方が、かなり大股で、ぐい、ぐいという感じなのであったのである。じつに力強い歩みであった。

そうか~、こうでなくっちゃ、長時間あのヴァイオリンを弾くという力が出てこないんだろうなあと、わたしは、なにかが分かった気がした。ヴァイオリンにすべてを賭けているという迫力が、千住真理子さんのいろいろな動きから、舞台から遠いいちばんうしろの席で聴いていたわたしのところにまでしっかりと届いてきたのである。

なにかに全身全霊で取り組んでいる人に会えて、ほんとうに聴きに行ってよかったと思う。また機会があったら必ず行くことにするぞ。

皮膚科医院に行ってきた

じつは本日、近所の皮膚科医院に行ってきた。

というのも、 先日のブログで「庭仕事をしたときに、すごくいっぱい虫に刺されて、その後日に熱が出た」という話を書いた。しかしこの発熱が本当に虫さされが原因なのかどうか自信を持ってはいなかった。

kwsk.hatenablog.jp

なので、ここはその事をはっきりしておきたいと思ったのである。というのも、わたしはこれからも庭に出て、植えた植物の手入れはせざるをえないわけだから、もし本当に虫さされで発熱したとすると、虫対策を真剣に考えないといけないと思ったからなのである。

 

初めていく病院なので、どういう仕組か詳しくは知らなかったのであるが、とにかく朝一番に受付に行けばいいのであろうと考えていたのである。で、朝、開店と同時に受付に行ったところ、なんともう既に10人以上の人々が受付にいたのである。わたしはどうやら出遅れたようであった。開店時刻よりも結構前から受付ているのかも知れないと思ったのであるが、まあ今日のところはもう仕方がない。受付をしたところ25番の札を渡された。わたしは開店時刻に来たのではあるが、もうそのまえに24人もの人が受付を済ませていたということである。これはまいったな、と思ったが、もういまから順番の前に割り込むことは不可能である。待つしかない。受付では「1時間ほどしたら電話かけて診察の進み具合を確認してみてください」と言われた。

さて、わたしはすごすごと自宅に一度帰って、それから1時間ほどして病院に電話をした。そうすると、「現在15番まで診察が進んでいます」と言われたので、あと10人いるのだから30分後くらいに行けばいいかなと、わたしは予測した。で、その時刻になってからまた病院に出向いた。そうしたらまだ受付の待合室にはいっぱい人がいたのである。これでは、きっとまたここでかなり待つことになるかも知れないなと恐れたが、しかしどうしようもない、ひたすら待つしかないと覚悟を決めたのであるというか決めざるをえなかったというわけである。

で、受付の長椅子で待つことほぼ1時間、ようやく名前を呼ばれて、診察室に向かうことができた。よかった。

さてお医者さんには、庭で虫にいっぱい刺されたことを言って、シャツをめくってお腹や脇腹の刺されあと、それに一番たくさん刺されたところである股の内側を見せるためにズボンもずり下げざるをえなくて、そうした。お歳は取られていたが、女医さんであったので、ちょっと恥ずかしかったが仕方ない。

 

さて、わたしの虫さされの跡を見たお医者さんは、「これはたくさん刺されていますね。でも熱の原因ではありませんね」「発熱の原因はわかりませんけれど、虫刺されではないです」とおっしゃったのである。

え~、ほんとですか? とそれを聞いたわたしは言いたかったのであるが、なんとか抑えて、「え~そうなんですか……」と大人しく応えたのであった。

 

 まあ、もう既に発熱も収まってるし、虫刺されのあとはいっぱい残ってはいるが、痛いというわけでもないし、まあいいか。

でもまだちょっと、じつはわたしの心の下の方に、「他の皮膚科医院に行って診てもらいたいなあ……」という思いが残っているのをちらちらと感じているのである。

う~む。

千住真理子さんのリサイタルに行った

千住真理子さんのヴァイオリンリサイタルに行った。ピアノは丸山滋さんであった。

わたしは、若いころは、好きな音楽といえばジャズであった。ジャズ喫茶には高校生の頃からほんとに良く通った。もちろんいまでもジャズは大好きであるが、しかし通いたくともジャズ喫茶というものがかなりなくなっているように思うのだが、どうなんであろうか。

というわけでもっぱらジャズばかり聴いていたのであるが、どういうわけか年を取るにつれて、クラシック音楽が好きになってしまったのである。なぜだか自分でもほんとにわけがわからないので、「なってしまった」という言い方しかできないのである。いつのまにか、知らないうちに、好きになっていたという感じなのであるから仕方がない。

なので、最近はもっぱらクラシックばかり聴いているのである。人間、変わるのもであるなあとしみじみと思わざるをえないのである。

でも聴くのは、ラジオやテレビやCDである。が、最近チラシで「千住真理子ヴァイオリン・リサイタル」というのを見つけたのである。しかも入場料がクラシックコンサートとしてはそんなに高くないと思えた価格であったのである。これは聴きに行きたいと思った。そして無事に入場券を買えたので、行ったのである。

ほんとに、行ってよかった。これまでCDでいっぱい千住真理子さんの演奏は聞いていたので、素晴らしい演奏が聴けることは分かっていたのであるが、やはり直に聴くのはいいと思った。弾いている姿をまさに見ながら聴けるというのが、想像していたよりもずっと感動であった。

途中、お話もしてくださって、「ヴァイオリンの音が体に伝わって、体から床にも伝わって響く」というようなお話を聞いて、「そのために体重も保つように気をつけている」とも言っていた。そこまで考えて、気をつけているのかと、感心してしまった。

わたしはヴァイオリンのことはほとんどわからないのではあるけれど、ストラディバリウスの響もとってもよかったと思う。きれいな響だと思ったのだ。生で聴けてよかった。

聴いた曲は、「モーツァルトのヴァイオリン・ソナタ第28番」「ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第5番」「クライスラー」「千住明」などであったが、アンコールで、なんと、バッハの「G線上のアリア」と、モンティの「チャルダッシュ」の2曲も演奏してくれたのである。じつは、わたしの一番好きな作曲家がバッハなので、もう大感激であったのである。ほんとによかった、アンコールも。

クラシックコンサート、また機会があればぜひ行きたいと思う。

虫に刺されて熱がでた?

少し前に,「小さいけど庭のある暮らしを始めた」という記事を書いた。庭のある暮らしはとても素晴らしいという話である。

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ところでやはりいいこと100%というわけにはいかないみたいである。というのも,先日,なんだか体の具合が良くなくなった。体温を測ると37.5°cであった。なんとなく朝起きてみたら体がだるい感じがしたのであるが、仕事が休めないひだったので出勤して仕事はしたのである。で,その日は帰ってきて晩御飯を食べてもうすぐ布団に入って寝たのであった。途中時々目が覚めて体温を分かったりすることやトイレに行ったりすることはあったが,基本翌朝9時頃まで,12時間寝た。そうしたところ,まあまあ回復したと思われる。熱もほぼ平熱の36度になった。一安心である。

ところで,どうして熱が出たのかが,最初はわからなかったのである。どうも風邪の症状ではないし他に何か思い当たるようなこともないのである。

それで,最近なんか変わったことあったかなとしばらく考えていて,思いついたことがあった。それが虫刺されなのである。

最近庭に出てちょっと庭仕事をしたりすると,体中とまではいかないけど,何箇所か蚊のようなものに刺されて,赤く膨れて痒くなった箇所が何箇所もあったのである。皮膚が柔らかいと思われる股のところ,足の上の方の付け根あたりがなんと20箇所ぐらい赤く膨れて痒かったのである。まあそこには虫刺されの薬をつけたりはしていたのであるが,まあ痒いのさえ我慢すれば,そんな痛くはないので,そのまま過ごしていたのである。

そんなときに,熱が出てきたわけである。他に原因は考えつかないので,どうやら今回の熱はこの虫刺されが原因ではないかと,自分で判断したのである。医者には行ってない。まあ虫刺されも1箇所2箇所だったら何でもないんであろうけれど,10箇所も20箇所も刺されると,体の中にやっぱり毒素がちょっと入ってくるんであろうか。それで体が抵抗して熱を出したというところではないかと思っているのである。幸い一日ぐっすり寝ることで治ったと思われるので,良かったのであるが,以後は庭に出る時はしっかり長ズボンを履いて靴下を履いて,上も長袖の服を着てから,仕事をするようにしないといけないなと思った次第である。

小さいからと言って,虫を侮ってはいけないな。

30年前の写真

終活というわけではないのであるが、最近、写真アルバムの整理をしている。で、1997年の日付のある写真があったのだけれど、自分以外の人が誰なのかまったく覚えのない集合写真がでてきた。

河原でバーベキューをしている写真で、20人くらいが写っている。写真に写っている人を一人ひとりじーーと見てみたが、思い出せない。30年前のことである。30年前ってわたしは何をしていたのだろう。どんな人達と過ごしていたのであろうか。何を考えていたのであろう……。

何の場面かわからないし、もう捨てちゃおうか、と思ったのではあるが、ふと思いついて、昔の手帳を探した。するとでてきたのである、1997年の手帳が。そしてその写真の日付のところにたどり着いた。謎が解けた。あるネット上の集まりのオフ会のバーベキューの集合写真であった。

うーむ、手帳を捨ててなくてよかった~、と思った。

終活もしなくてはいけないと思うのであるが、何でもかでも捨てればいいというものでもないなと、自分に言ってみた。

 

明るいものが必要

最近、俳優の高嶋政伸さんの書いたものを読んでいて見つけた文章がある。

 

「……ユーモアの精神がないと人生は難しい。

どんな真っ暗な中にも明るいものを見いださないと、人間は生きていけないですから」

 

という文である。

同感である。

大人だったら、たとえお先真っ暗な事態にあったとしても、どこかに自分で「明るいもの」を求めていけるかも知れないが、子どもたちの場合、たとえば家庭環境が厳しい子どもたちは、自分で何処かに「明るいもの」を求めることは難しいのではないか。

そんなときに、一日の大半をすごす学校、そして授業がその「明るいもの」になったとしたら、そのことでその子どもは救われるのではないだろうか。

だから、学校の先生には、授業を「たのしくて明るいもの」にしてほしいと切に思う。「たのしい授業」は子どもの生きる力になりうる、と思うのである。