だいたいは日々のなんでもないお話

日々の記録というか、忘備録。本が好きです。

「久米ネット」の紹介

わたしは、テレビもまあまあ見ている方だと思うという話を書いたが、テレビだけでなくこんな番組? も見ているのだ。

それは、「久米ネット」である。番組と言っていいのか、動画というべきかもしれないが。

knock-knock.tokyo

久米宏さんという方がほぼひとりでしゃべる番組である。「久米宏」さんという方は、いまはこの番組一つだけに登場しているようだが、これまでにテレビやラジオにたくさん出てきている方なので、たぶん皆さんご存知だと思う。

わたしも、もうかなり以前のことではあるけれど、テレビで久米さんの姿はいっぱい見てきた。が、なんと言っても一番好きだったのは、TBSラジオの「久米宏 ラジオなんですけど」であった。「であった」と過去形になっているのは、この番組はすでに終了しているからだ。とっても残念なことに、昨年の夏で終わってしまったのだ。

いま、久米さんはこの番組の他にはテレビやラジオに番組を持っていなかったので、おわったときには、「ああ、もう久米さんのおしゃべりを聞くこと能わずかあ〜」と、とってもがっくりと来ていたのだ。

ところがどっこいである。自分で番組を立ち上げたのだと思うのだが、この「久米ネット」をすぐに始めたのだ。うれしい。

もし、久米宏って何者だ? という方がいたら、ぜひ一度、久米ネットをご覧あれ。おもしろいよ。

 

kwsk.hatenablog.jp

 

ネットに吸収されつつあることども

若くはないわたしでさえ、何かわからないことがあって調べたいと思ったときには、自宅にいるときならばパソコンで、外にいるときならばスマホで、ネット検索をしてしまう。以前ならば、図書館や本屋さんに行って、書籍や雑誌を探したものだが。
このことだけでも、わたしなどは「ネットの世界はほんとにすごいなあ」と感動に近いため息が思わず出てしまう。
 
しかしネットの世界は、というか力(ちから)はというか、それだけではないのだ。
調べものだけでなく、人と人のつながり方においても、その方法はこの数年で様変わりしてきたと思う。
昔? は、本や雑誌や新聞などで記事を読んで、興味を持った人に手紙で連絡をとってとか、人づてで連絡をとって、という方法しかなかったと思うのだが、いまはもうそんな事はほとんどされてないんじゃないかなあ。
ではどうしているかというと、ちょっと前までは、(本や雑誌や新聞に取って代わって)HPやブログを見て、興味のある人を発見すると、その人に宛ててメールを出す、というのが多かったと思う。
だが、今やその舞台は、twitterFacebookInstagram、そして Clubhouseなどにと、どんどん変化していっているように思う。ほんとに、かつてなかったスピードで変化していると思う。
こうも速いと、わたしなどにはもはやついていけない気がする、というか、多分もうついていけてはいないと思う。後ろの方でよたよたとなんとかついていこうとしていると言ったところであろうか。でもそれはそれで楽しいのだ。新しいこと、新しいものにふれることは楽しい、と思う。
 

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華みき さん

わたしは、きょうは、女優さんの紹介をしたい。

「華みき」さん。

最初に白状しておくが、華みきさんの存在を知ったのはつい最近のことである。だからもう十年来のファンです!というようなことは言えないのだけど、お許しを。

さてつい最近知ったばかりでなにが気に入ったのかと言うと、自然保護の活動もされているというところなのである。じつを言うと、先日わたしが書いたブログ「高田宏臣『土中環境』」で紹介した本『土中環境』を知ったのは、華みきさんのInstagramに紹介されていたからなのである。この本がとっても良かったので、ご紹介くださった人物も大好きになったというわけである。

kwsk.hatenablog.jp

 

https://www.instagram.com/ha7amiki/?hl=ja

 

というわけなので、わたしが華みきさんをファンとして追いかけるのは、これからなのだ。なんだか生きる楽しみが一つ増えて、ちょっと嬉しいのだ。

 

www.mikihana.org

コロナ禍で変わったことの、ひとつ

わたしにとってだが、この1年で変わったことの一つに、「宅配便や郵便の再配達を依頼することが殆どなくなった」ということがある。

理由は、わたしが自宅に居ることが多くなったからである。これは、わたしに限ったことでなく、他の方々も、うんそうだなあ、と思ってくださる方が多いのではないだろうか。コロナ禍で在宅勤務が始まったからであるし、自宅から出かけるのをなるべくしないように気をつけるようになったからである。ましてや旅行なんて、とんでもないということになったからである。

これは、わたしにとっては通販で注文した商品を最短で受け取ることができるということなので、とっても快適な変化である。それにわたしだけでなく、配達会社にとってもすごく助かっているのではないかと想像がつく。

もっともアマゾンなどは、コロナを理由にだったと思うのだが、「置き配」という配達方法になってしまった。もちろん「置き配」でなく今まで通りの配送も選べるのだが、デフォルトが置き配になっていたと思う。これだと、お客の不在による再配達という事態になりようがない。買った人にとっては、配達員と接触しなくて済むので、これもまあ喜ばしいことなのだろう。

それにしても、わたしは、はじめて置き配でアマゾンからの商品を受け取った時は、ちょっとドキドキであった。ほんとに黙って置いていくの? とちょっと疑ったりしていたのだが、ほんとうに黙って置いていったのだった。もちろんちゃんと玄関の外に置いてあったので、無事に入手できたのだが。アマゾンって、ほんと思い切りがいいと思う。やってみたらちゃんと出来ちゃったということなんだろうな。これぞ、一石二鳥ということか。

 

www.amazon.co.jp

 

 #この1年の変化

コロナ禍の影響

以前、わたしがときどきその前を通るパチンコ店が閉店したという話を書いた。これはコロナ禍が原因のように思われる。

 他には、なんと言っても飲食店が何軒も閉店している。スポーツジムなども経営が苦しいのではないだろうか。それから、旅行関係や乗り物、ホテルや映画や演劇や音楽関係もお客さんが減っていると思われる。

人が集まってはいけない、移動もいけないというのだから、それらに関連する業界はかなりの打撃を受けることになる。すべてがオンラインで代替できるわけではないだろう。

反対に増えたところは、みんな出かけないで自宅で過ごそうとするわけだから、家の中で過ごすときに役立つもの、使うものは人々に求められたに違いない。それから、マスクはもちろんだが、消毒関連用品なども品薄になったようである。

しかしそれでは、外食や飲み会や旅行やコンサートに、これまでは使われていたお金は、一体どこに行ったのであろうか。貯金、じゃないと思うのだが、さてどこなんだろうか。

 

kwsk.hatenablog.jp

 

「おにぎらず」

きょうもまたテレビドラマの話題である。どんだけテレビ見てるんだろう、わたしは。ま、それは置いておいて、ついこの前見ていたテレビドラマは「ここは今から倫理です。」という変な題名のドラマなのだが、高校が舞台で、登場する生徒のお弁当が、「おにぎらず」という料理名のお弁当だったのだ。

「おにぎらず」って、わかるだろうか? わたしは何のことやら全くわからなかったのだが、生徒が食べているところを見ていると、どうも海苔巻きのようなものに見えた。だが丸い棒状にはなっていない。海苔があるのだが、海苔弁でもなさそうである。どうやら、具を入れたご飯を海苔で包んだだけのもののようである。ご飯で作ったサンドイッチといえばなんとなく想像がつくだろうか? これ、握るとおにぎりになってしまうが、包むだけで握らないので、「おにぎらず」というらしい。

 

世間ではこんな物が流行っていたとは、つゆ知らなかった。なかなか面白いネーミングだと思う。まあ、手抜き弁当といえば、そうなのかもしれないが、それに「おにぎらず」という名前をつけると、なんだかちゃんとしたお弁当料理に見えてくるから不思議である。

にぎらないこと、すなわち何かをしないことを積極的に評価しているというところがなんだか「おぬし、なかなかやるな」という感じがして、いいなあと思うのだ。わたしはお弁当を作るという機会はほぼないのだが、機会があったならばぜひ作ってみたい、「おにぎらず」。

 

news.cookpad.com

 

www.nhk.jp

高田宏臣『土中環境』

わたしが最近読んで、よかった本を紹介したい。

高田宏臣『土中環境』(建築資料研究社、2020年6月、税別2500円)である。

副題は「忘れられた共生のまなざし、蘇(よみがえ)る古(いにしえ)の技(わざ)」。

土中環境 忘れられた共生のまなざし、蘇る古の技

土中環境 忘れられた共生のまなざし、蘇る古の技

  • 作者:高田宏臣
  • 発売日: 2020/06/19
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 「土中環境」なんてことばは、わたしは初めてみるし、知っている人は殆どいないのではないかと思うので、どんな本なのかを説明する前に、まずは著者について書く。高田宏臣さんの肩書は「高田造園設計事務所代表、NPO法人地球守代表理事」ということだ。1969年、千葉生まれで、東京農工大学農学部林業科を卒業して造園家になった人である。

で、いまは、国内外で造園・土木設計施工、環境再生に従事。土中環境の健全化、水と空気の健全な循環の視点から、住宅地、里山、奥山、保安林等の環境改善と再生の手法を提案、指導。大地の通気浸透性に配慮した伝統的な暮らしの知恵や土木造作の意義を広めている。とのことである。

ここに、「大地の通気浸透性に配慮した伝統的な暮らしの知恵や土木造作の意義を広めている」とあるが、これがまさに本書『土中環境』にかかれていることである。本のタイトル「土中環境」とは、「土の中の環境」ということだが、これではなんのことやらピンとくる人は殆どいないよね。

わたしはこの本を買う前に、著者が代表理事を務めているという「地球守」のホームページなどを見て、著者についての知識を少し得ていて、だいたいどんな事が書かれているのか想像がついていたので、値段は少々高いと感じたが、迷うことなく買った。

chikyumori.org

結論から書くと、大変面白かった。

 

「山の木が枯れたりして、森が荒れるのはなぜか」という問題に対して、この土中環境が悪くなったからだという視点の指摘ははじめて知ったので、すごく興味深く読み進めた。そうだったのか〜とうなずくこと頻りであった。

今さかんに言われているのは、「木が枯れるのは、害虫、たとえば松枯れならば、マツノザイセンチュウなどのせいである。ナラ枯れならば、カシノナガキクイムシのせいである」ということで、原因とみなされた害虫を駆除するために農薬を撒いて解決しようとしている。しかしこの農薬散布方法では根本解決にはなっていないのである。松枯れやナラ枯れが、この農薬散布で収まったという話は聞いたことがない。

害虫にやられたことはもちろん間違いというわけではないのだが、害虫によって枯らされてしまう要因が他にあるということなのだ。だからその本当の要因を取り除かなければ、枯れるのを防ぐことはできないのだ。そして、著者の高田さんは、それは土中環境の悪化のせいであるというのである。

では、「土中環境」とはいったいなんだろう。ここは難しいというか、この本の要なので、気になる方はぜひとも本を読んでほしいのだが、わたしの読み取った範囲でいうとこういうことだと思う。

木の根っこは土の中にとっても長く伸びており、その土の中には土があるだけでは決してなく、様々な生きものが活動しているのである。目には見えない大きさの微生物や菌類である。そして木は、じつはそれらの菌類と共生しているのである。だからそういう菌類が元気でいられないような土壌には木も育たないのである。

菌類が生きていくために必要なものは他の生き物と同じで、まずは空気と水である。よい土壌には適度の空間が存在していて、その空間があれば、そこに水や空気が流れることができる。健全な土壌には、地上と同じく、滞ることなく流れる清冽な水と空気が必要なのである。

その流れをコンクリートアスファルトなどの人工物で遮ってしまうと、土の中では空気も水も流れる道を塞がれてしまうことになる。それが土の中の環境をだめにしてしまう。その結果、根っこから栄養を取れなくなって、木は元気を失い、そこにマツノザイセンチュウなどの害虫がくると、それを自分の力では防ぎきれなくなって、枯れてしまうのである。

だから、土の中の水の流れを阻害しないように、雨として降り注いだり川として流れている水が地中に染み込んだり、また地中から地上に湧き出てくる道を塞がないようにしなければならないのである。これこそが根本的解決となる、というのである。

 

この本を読んで、わたしが思い至ったことは、いま日本の山の中に、本当に「山のように」作られている砂防ダムや治山ダムのことである。わたしはそんなに山に登るわけではないのだが、たまに登るというか歩いていると、「こんなところに!」と思わず声が漏れてしまうような山奥にまで砂防ダムが作られていることに驚くことが多々ある。こんなところにこんなダムというか、コンクリートの堰がほんとに必要なのか? と不思議に思えるような山奥にまで作られている。

そんなダムが、本書には、「現在、全国で数十万基存在すると言われています」とあるが、一体本当はどこに何基あるのか、誰も把握していないのではないかと思われるのだ。これこそが、奥山の森を荒廃させている一大原因ではないのだろうか、ということである。

高田さんにはぜひとも日本の奥山の森を守るための力になってほしいと、この本を読んで強く思った。ぜひ、お願いしたい。

そして、環境問題に関心のある方にはぜひともこの本を読んでみていただきたい。

人間の目に見えないからと言って、そこには何も無くはないのだ。庭や植木鉢の土、道の土中にもっともっと思いを馳せてみようではないか。