だいたいは日々のなんでもないお話

日々の記録というか、忘備録。本が好きです。

八木啓代『危険な歌ーー世紀末の音楽家たちの肖像』(幻冬舎文庫、1998年10月)を読みました。

本の後ろ表紙に載っている宣伝文句はこうです。
キューバ革命からペルー大使館人質事件まで、政情不安と経済難にあえぐ中南米の国々。しかしその一方で、ステップを踏んで人々は歌う。彼らにとっての歌とは癒しなのか、それとも武器なのか。メキシコ、キューバ、チリ……あてどない放浪の道程と、アーティストたちとの心のふれあいを綴った、一人の日本人女性シンガーによる音楽紀行エッセイ」

そうなんです。音楽紀行エッセイなんですが、いや、とにかくぼくは、ここに書かれている中南米のことをほとんど何も知らないままに過ごしてきたなという、衝撃と言ってもいい感慨を読了直後に持ちました。「アフリカのことを日本人(ぼくはというべきか)はほんとに知らないよな」ということはだいぶ前から思っていたが、考えてみるとそれと同じくらいに「中南米の国のことを知らない」ことを思い知らされたのです。

でも、話はラテンです。
たとえば、著者がメキシコに行った日に、友人で大人気の歌手タニア・リベルターのコンサートがあることを知ったが、当然切符は売り切れ。でその友人に電話をすると、入れてあげるからいらっしゃいと言われ、楽屋口からいれてもらうのだが、「後は、適当に空席を見つけてお座りなさいよ」と言われておしまい。これって、ラテンですよね。なので(?)、話は、亡命を余儀なくされたりする話なのにもかかわらず、なぜか暗くないです。とても面白いです。

著者の八木啓代(やぎのぶよ)さんはラテン歌手で、書名も「危険な歌ーー世紀末の音楽家たちの肖像」となっていて、もちろんそのタイトル通りに、本書では、メキシコやキューバ、ウルグアイ、ペルー、チリ、ニカラグアなどの中南米の国ぐにの歌い手の話しが語られているのです。でも、それが同時に、中南米の歴史の話にもなっているのです(1900年代後半のころの)。それは、中南米の歌手の活動の話をすると、それが同時に政治の話しにならざるを得ないからです。

本書には紹介されている歌手の歌っている詞がいくつか載っているのですが(それを読むことができるだけでもこの本を買ってよかったと思う)、たとえば、チリのビオレータ・パラの「手紙」という歌の歌詞の一部はこうです。

「1通の手紙があたしに届いた
早朝の郵便で
その手紙には書いてあった
あたしの弟のロベルトが捕まったと
情け容赦なく虫けらみたいに
通りをひきずっていかれたのだと、
そうとも」

そうです。歌うことが政治活動そのものなんですね。だから、ある場合には本当に命をかけてでないと歌えないわけです。実際、多くの歌手が亡命を余儀なくされてもいます。

中南米の歴史と言っても、話があっちこっちに飛んでいて、中南米の歴史を整然と語るというようなことはないけれど、実際に現地に行って現地の人々に深く接した、しかも自身歌手である八木さんにしか書けない本であることは間違いないです。

目次
1 オペラ座の佳人
2 異聞「コンドルは飛んで行く」
3 「ベンセレーモス」の死
4 国境の南で
5 亡命者たちの楽園
6 時代は心を生み出してゆく
7 そして歌いながらの革命
8 ブエノスアイレスの祈り
9 黒いギター
10 チリ、ふたたび
11 流れの中で
12 ハリスコ・パーク
13 流れは変わる
あとがき
解説・井家上隆幸