だいたいは日々のなんでもないお話

日々の記録というか、忘備録。本が好きです。

畑瀬英男『竜宮城は二つあった―ウミガメの回遊行動と生活史の多型』

会社から『うみがめぐり』(かわさきしゅんいち文・絵)という絵本を出したことから,ウミガメのことが気になって,最近,ウミガメの本を探して読んでいます。

 

最近見つけた本,畑瀬英男『竜宮城は二つあった―ウミガメの回遊行動と生活史の多型』を読み終わりましたので紹介したいと思います。

著者の畑瀬さんは,1997年からウミガメの研究を始めたとのことなので,2017年までに20年間ほど研究を続けていることになります。

「気付いたら19年。人生のおよそ半分をウミガメ研究に費やしてきた」と書いています。

 

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さて,タイトルの「竜宮城」というのは,ウミガメの餌場を表しています。だから「竜宮城が2つある」ということは,ウミガメの餌場は1か所でなく2か所であるということを表しているのです。でこの「同じ砂浜で産卵するウミガメでも餌場が大きく異る」ことを実証したのが,どうやら著者の畑瀬さんなのです。

 

「日本の砂浜で生まれたアカウミガメは全て,最初はまだ遊泳能力が発達していないので,海に入ると黒潮等の海流に受動的に流されて,外洋の中央北太平洋へ至ると考えられている。中には東部北太平洋カリフォルニア半島付近にまで至る個体もいる。外洋での初期生活中は,主にクラゲ等のゼラチン質の浮遊生物を食べている。ある程度大きくなって潜水遊泳能力が発達すると,日本近海の浅海へ加入し,主に貝やカニ等の底生動物を食べて性成熟に達する。というのが,今まで想定されていた一般的なアカウミガメの生活史であった。今回の発見はこの従来の生活史観に一石を投じ,浅海へ加入せずに生涯外洋生活を営む個体がいることを示している」

 というわけで,アカウミガメは,大きくなると日本近海の浅海で暮らすものと,外洋で暮らすものとの2種に分かれている(竜宮城は二つあった)ということを実証したということです。

 

この発見については,

「実際この発見がなければ,ここまでウミガメの研究を続けてこなかったかもしれない。筆者がモノグラフ主義者となることを宿命付けた発見である」

と書いています。「モノグラフ主義者」というのは,一つの分類群に対象を絞ってその全貌を深く掘り下げていく研究の仕方ということです。著者の場合は「ウミガメ」という分類群のみをひたすら追って研究をしたということですね。

 

ところで,ウミガメと聞いても,実際に海で見たことがある人は殆どいないでしょう。私ももちろん見たことはないです。水族館では見たことがある人はいるかもしれません。

地球に生命が現れたのは35億年前のことで,魚のような背骨のある動物=脊椎(せきつい)動物が出現したのは,それから30億年も経ってからの5億年前で,海から陸へ生物が進出してきたのは4億年前です。

亀は爬虫類(はちゅうるい)ですが,カメ類は2億年前に起源し,そのうちウミガメ類は1億年を超える進化史をもつといわれているそうです。

 

わたしたち人間が地球上に現れたのは数百年前といわれていますので,ウミガメは我々よりも遥か太古より存在していた生き物です。

現在生存するウミガメは,ヒラタウミガメ,オサガメ,ケンプヒメウミガメ,アカウミガメ,アオウミガメ,タイマイ,ヒメウミガメの7種だそうです。

卵はピンポン玉くらいの大きさで,一度に約100個を産みます。一つの産卵期に約2週間毎に同じ砂浜で複数回の産卵を行い,数年後に再び同じ浜に戻ってくるのです。

 

カメは爬虫類なので,エラ呼吸はしません。なので,ときどきは顔を水面上に出して呼吸しないと死んでしまいます。ウミガメはどれくらいずっと海の中にい続けられるのでしょうか。

「〔ウミガメの〕最長潜水時間は,紀伊水道で小型個体から得られた,表面水温18℃のときの5時間20分だった。……現在本種の最長潜水時間は,キプロスの産卵個体から衛星追跡で得られた,10時間14分である。これはウミガメ類の中でも最長記録かもしれない」

こんなに長い時間息継ぎをしないでも平気なのは,ウミガメが変温動物であることも関係しているそうで,。

「一般に,変温動物は恒温動物よりも,同じ体重ならおよ十分の一のエネルギーで生きていける」

そうです。

 

 ウミガメは結構長生きするらしいですが,生きているウミガメの年齢はわからないようです。

「ウミガメの年齢査定には伝統的に上腕骨横断面に見られる輪紋が用いられているが,この手法は死んだ個体にしか使えない。……陸生・淡水生のカメでは背甲の甲鈑に年輪が形成されるが,ウミガメでは古い角質層がすぐに剥がれるので年齢が刻まれない」

 

それから,一つ驚いたことには,ウミガメって,卵の中では雄雌は決まっておらず,なんと産卵する時の気温によって雄か雌かが決まるらしいです。

「ウミガメは孵化時の温度で性が決まる。一般に約29℃を堺に,それよりければ雄ばかりに,それより高ければ雌ばかりになる」

 なぜなんでしょうねえ。

 

というようなウミガメについての知識がわかるだけでなく,ウミガメなどの生物を研究するということがどういうことなのかが,細かく具体的に書かれています。同じような研究者になりたいと思っている方にはとても役に立つ読み物になっていると思います。

 

また,ウミガメの研究の話の他に,随所に「コラム」があり,そこでは,学会発表に行った海外旅行のエピソードがいろいろと書かれていて,面白く読める話が多く楽しめます。

 

研究ということに関しては,著者自身も本書の中でこう語っています。

「ある日,〔ウミガメの調査地の近くにある中華料理屋の 〕店主の親爺さんに言われた,〈わざわざカメの研究しに京都から来とるんか。まあ何かの役に立つんやろな〉という,何気ない一言が記憶に残っている。この一言は,産業上重要視されていない動物の生態学に対する世間一般の人々の感覚を,端的に反映している。祖父にも言われたことがある。〈お前のやっとることは人の役に立っとるんか? (定食に就いて)親孝行せなあかんで〉と。正確に言えば,何の役にも立たないかもしれない。何かの役に立とうと思ってやっている訳ではないから。何か面白そうだからやっている,というのが実情だ。学問って本来そういうものだろう。……またこうして本を出版することで,読者の知的娯楽には貢献しているのかもしれない」

 

そのとおりだと思います。「楽しいから研究する」ってとっても素晴らしいと思います。そしてこの著者のように,その研究はぜひとも公表してほしいです。