だいたいは日々のなんでもないお話

日々の記録というか、忘備録。本が好きです。

『山は市場原理主義と闘っている――森を守る文明と壊す文明との対立

2011.7.11、『山は市場原理主義と闘っている――森を守る文明と壊す文明との対立』読了(安田喜憲、2009.12.31、東洋経済新報社、本体2400円)。

一読、なかなか心震える書でした。

この著者の主張=仮説は、ひょっとしたらその通りかもしれない。それこそがこれから人口爆発を迎えようとしている人類を救う確かな道かもしれない、と思わされます。そうなれば、素晴らしい、と思いました。しかもそうなるとしたらそのリーダーは日本人がなるしかないのですから。
しかし、ではどうしたら著者の主張は現実のものとできるのだろうか、と考えてみましたが、なかなかそう簡単にはいかないだろうとしか思えません。なにしろ、原因が気候や食べ物やそこから出てきた宗教なのですから、そう簡単に変革はできないでしょう。
もっとも、そうせざるを得なくなれば案外簡単に変革するかもしれませんが。

とはいえ、このような「美と慈悲の文明・植物文明」が環太平洋の人びとの間にはしっかりとあるのだ、ということは、少なくとも日本人は知っているべきだと思います。そういう意味で、日本人必読の書だと言ってしまっていいのではないでしょうか。もっと日本のことを知りたいです。
さて、最初に手にしてタイトル『山は市場原理主義と闘っている』を見たとき、「うむ? どういうこと?」と悩んでしまいました。このタイトルからは内容が想像できなかったのです。
副題には「森を守る文明と壊す文明との対立」とありますので、これを読むとなんとなく想像がついてきます。
さて、著者によれば、森を守る文明とは、「美と慈悲の文明・植物文明」であり、多神教アニミズムの世界です。
そして、壊す文明とは一神教の畑作牧畜民の「力と闘争の文明」です。
地理的に言うと、「美と慈悲の文明・植物文明」とは、長江文明を含む環太平洋文化圏で、「力と闘争の文明」とは、キリスト教圏と漢民族などです。タイトルの「山」とは、山岳信仰を根とする美と慈悲の文明世界であり、「市場原理主義」とは言うまでもなく力と闘争の文明世界です。

その力と闘争の文明は、ヨーロッパや米国、ニュージーランドなどで森を破壊した後、今、市場原理主義という名のもとに世界に蔓延しようとしています。日本にもグローバル化の波として押し寄せています。
著者は、この市場原理主義(=力と闘争の文明)では、地球にこれからやってくる、人口の増大と水不足という事態に対応できない、というのです。これからの地球を救うには、「力と闘争の文明」から「美と慈悲の文明」に転換しなければならないというのです。
ではその2つの文明の違いはどこから発生したのかというと、人の住むところの気候の違いから、作物が違ってきて、食べるものが違ってきたところが根本だというのです。要するに、「羊や牛の肉を主食とする人びと」と「米と魚の肉を主食とする人びと」です。
しかし、とするとなかなか厄介ですよね。そう簡単には変わらないだろうな、というかほとんど不可能なんではないか、と思えてきます。そのあたりのことについては、著者は解決策を提示はしてくれていないと思います。
第6章ではこのように述べています、
「日本人が理想とする社会は、誰もが豊かさを享受できる平等な社会であった。オバマ大統領が理想とする世界の未来は、まさに日本人がこれまで主張し、目指してきた未来にほかならなかった。日本人が数千年にわたって培ってきた日本人の心やライフスタイル、日本人が理想とする世界が、やっと世界の人々にも認められ始めたということである。日本人は確かな自信をもって、この生命に満ち溢れた美しい惑星地球を守り、平和な戦争のない社会を構築し、だれもが豊かさを享受できる社会の構築に向かって邁進し、世界の模範国とならなければならない」
ここらあたりをもうちょっと突っ込んだ次作を期待しています。

著者がどのような観点から主張を導き出し比較検討しているのかは、目次を見ていただければ一目瞭然です。
下記に目次を書いておきます。参考にしてください。
『山は市場原理主義と闘っている』目次
第 1章 山は日本文明未来のキーワード
美しい日本列島こそが日本民族の起源/日本の領土の危機/市場原理主義が日本民族を消滅させる/市場原理主義は日本の山河も荒廃させる/グローバル資本による水源林の買占め/山と市場原理主義の闘いが始まった

第 2章 人はなぜ山を崇拝するのか
1.地球への祈りと日本人
地球への祈り/祈りの心を持つ/山と森、海と太陽への祈り/地球が荒れくるう時が契機/山への祈りが新たな宗教の原点/受け継がれた森の民の心
2.風土が人の心をつくる
山里で生まれて/風土と心の深い関係/森の民日本人の心の旅/自然を信じ人を信じた日本人/稲作漁撈民の心は美しい水の心/水利共同体は利他の心を養った/日本人の心を破壊した戦後日本の歴史教育/水の心を取り戻す
3.玉は山のシンボルだった
1枚の写真/長江文明のエートスが見えない/長江文明の玉器/玉は山のシンボルだった/天地の結合の思想
4.山岳信仰から修験道
日本の山岳信仰のルーツは長江文明/前方後円墳は上円下方墳だった/古墳時代にまでさかのぼる山岳信仰山岳信仰から修験道へ/地球温暖化の時代を生きた最澄と空海/天と地のかけ橋の山/白山信仰と泰澄/江戸時代の観光ブーム/立山地獄/廃仏毀釈修験道廃止令/山を忘れない日本人

第3章 山を征服する肉食文明・崇拝する魚食文明
1.肉食文明と魚食文明を生んだ風土
人間は生きるために食べなければならない/ューラシア大陸の比較文明論から地球文明論へ/環太平洋生命文明圏/新しい歴史と文明の創造も何を食べるかから始まる/人間が何を食べるかで文明のエートスが決まる/ユーラシア大陸の三つの風土/文明は畑作牧畜民の独占物ではなかった/西洋の文明概念からの自立を/ミルクの香りがしない文明/ユーラシア大陸の新しい文明地図
2.肉食文明は森を破壊した
森を破壊し尽した畑作牧畜民/森の破壊者は海をも死の砂漠に変えた/森の破壊者が全世界に拡大した/中国でも大規模な森林破壊が引き起こされた/畑作牧畜民はもっと恐ろしいものを持っていた/畑作牧畜民の食料戦略/人を信じない畑作牧畜民
3.魚食文明は山を崇拝した
もうユートピアはない/稲作漁撈民は桃源郷を目指した/稲作が利他の心と慈悲の心を育成した/個の自立をさまたげた稲作漁撈/日本人の魂のふるさとは美しい日本の風土にある/自然を信じた日本人は他人をも信じた/アジア最後の桃源郷を守れるか

第4章 山は新たな時代の到来を予告している
1.漁撈民が育んだ山岳信仰
漁撈民も山を崇拝した/島の運命を決定した五つの条件/高い山は守り神だった/ヒツジやヤギを飼うことは厳禁/いつの間にか危機は進行している/交通の発達は両刃の剣/島の未来は地球の未来/新たなる時代の幕開け
2.何をどのように食べるかが生き残りの分かれ道
不毛の大地を豊かな大地に変える/「何を食べるか」が生き残りの分かれ道/水産資源の危機と日本人の食/どのように食べるかは自然へのマナー
3.命を輝かせる生命文明の時代の食
魚を食べれば人の心はおだやかになる/魚が食べられなくなる/世界を森で埋めつくせば人の心はおだやかになる

第5章 ユダヤ・キリスト教も山で生まれた
1.微笑みのイエスに会いたい
人類最古の山の記録/ユダヤの人にとっても山は聖なる場所だった/なげきの壁/犠牲の儀礼/人類の罪を一身に背負うイエス/奇跡は起こった/微笑むイエスに会いたい
2.イエスの年縞が見つかった
死海の年縞/死海の水位の変動と気候変化/多神教から一神教への転換/モーゼの出エジプト/岩山で語りかける神/現代版モーゼの十戒/イエスの年縞
3.キリスト教がローマ文明を衰亡させた
王権神授とリーダーの質の低下/異端審問による帝国の分裂・離反/結婚出来ない若者の増加と人口の減少/大農園と格差の拡大/民族移動と環境難民/領土の防衛に無関心となる/最後のローマ人と最後のアメリカ人/不潔の国アメリカ

第6章 山に祈る心が地球と人類を救う
1.キリスト教原理主義の闇
キリスト教の隠された闇を発見した時/魔女の悲しみが痛いほどわかった時/アニミズムが地球と人類を救う/魔女狩りが復活のきざしを見せている
2.魔女を殺し自然を破壊する文明の闇からの離脱
モーゼル川の天候魔女/アニミズムを失った文明が天候魔女を生んだ/森のある山とない山/利他の心・慈悲の心の欠如が魔女を生む/怒りの心・敵を作る心が魔女を生んだ/魔女を殺し自然を破壊する文明からの離脱
3.市場原理主義とキリスト教
予感は的中した/キリスト教原理主義と市場原理/ノーベル平和賞は日本人全体が受賞すべきもの

天地をつなぐ物語――あとがきにかえて
参考文献