だいたいは日々のなんでもないお話

日々の記録というか、忘備録。本が好きです。

ルース・リチャードソン著/矢野真千子訳『グレイ解剖学の誕生ーー二人のヘンリーの1858年』読了。

この書名だけでは,何の本だろうと思われるかもしれません。
カバーの袖に荒俣宏さんの推薦文がありますので紹介します。
「『グレイの解剖学』は単なる医学の古典教科書ではない。目下,アメリカのテレビで人気絶頂の医学ドラマシリーズが『グレイの解剖学』と題されているように,ヘンリー・グレイは世界の「伝説」なので。しかし,彼の成功の陰には,もう一人の「ヘンリー」が存在し,二人が制作した大著も,じつは「大きな間違い」から出発したという!舞台は,まだ医学解剖用の死体盗みが横行した19世紀ロンドン。医学書をめぐるスリリングな歴史奇談だ」

つまり1858年,日本の明治維新の10年前に,イギリスで刊行された『グレイの解剖学』という本の著者や本そのものの歴史を追った本なのです。
わたしはとくに医学や「解剖学」に興味があるわけではないのですが(煮干しの解剖には興味がありますが),「本」にはたいへん興味と関心があります。本書は『グレイの解剖学』という「本」をめぐる話だということなので読みたくなったのです。
もちろん当時のイギリスの医学界の話もいっぱい出てきますが,目次からもおわかりのように,出版の話もたくさん出てきます。

目次
はじめに
第1章 執筆者ーベルグレイヴィアのグレイ氏
第2章 画家ースカーバラの医師カーター
第3章 出版社ーウェスト・ストランド,J・W・パーカー&サン
第4章 企画ー発案と肉づけ
第5章 素材ーロンドンの身寄りなき貧者たち
第6章 制作ー1856〜1857年
第7章 造本ー1857〜1858年
第8章 出版ー1858年,そして……
第9章 悲哀ー1860〜1861年
第10章 その後ー1861年以降
謝辞
訳者あとがき
附録/原註/索引

10の章のうちなんとその半分の章が「出版社,企画,制作,造本,出版」というように,出版の話に割かれているのです。当時の医学書が何部くらい刷られていたのかとか,大量の図をどのように処理していたのかなど,とても興味深く読めました。印刷寸前になって判型を間違えていたことが判明した話など,とても他人ごととは思えず,ぐいぐいと引き込まれつつ読んでしまいました。150年前の出来事ですからちゃんとした資料が残っているわけではないのですが,そこをいろいろと想像をめぐらしながら推測していく過程がとってもいいです。楽しめました。

しかし,話の主役は,あくまでも本そのものではなく,著者ヘンリー・グレイと,解剖図を描いたヘンリー・ヴァンダイク・カーターの二人であることはもちろんです。グレイの名は「グレイの」解剖学ということからわかるように,とても有名であったのですが,『グレイの解剖学』においては,膨大な量の解剖図(350点くらい?)こそが主役と言ってもいいくらいなのに,その解剖図を描いたほうのヘンリー(ヴァンダイク・カーター)はよく知られていなかったというのです。
訳者の矢野真千子さんは「あとがき」で,「リチャードソンの最大の功績は,初版の挿画を担当したヘンリー・ヴァンダイク・カーターにはじめて光をあてたことだ」と述べています。

そのへんのことはわたしにはよくわからないところではありますが,「解剖」とか「医学」に興味関心がなくても楽しく読める本であることは間違いないでしょう。